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 長野県の北部にあり、志賀高原や山ノ内温泉郷等の観光地、リンゴ・ブドウなどの果物畑、自然豊かな高原を自負している山ノ内町の中央公民館です。また、温泉を楽しむニホンザル(スノーモンキー)でも有名になり、外国からのお客様も多くなりました。このブログでは、山ノ内町の公民館活動を始め、伝統文化、行事、人々の営み、文化財、季節、自然などの情報を発信し、故郷山ノ内町を見つめ直したいと思います。   

2011年12月1日木曜日

雨含の松が枯れて伐採ということになりました



山ノ内町指定天然記念物のアカマツの巨木「雨含の松(ウガンノマツ)」が、枯死し危険ということで、11月29日、惜しまれながら伐採されました。
雨含の松は、山ノ内町教育委員会発行(昭和58年)に、胸高幹囲4.13m、樹高20.2m、推定樹齢約250年と記されています。ですので本年推定樹齢は約280年という事になります。近年枯れた枝が多くなり、また樹勢も弱くなったということで、樹木医さんにも診ていただき回復を図ってきました。しかし残念ながら枯死という事になってしまいました。

雨含の松は、座生神社の松ともいわれ親しまれていました。一茶の散歩道の湯田中側起点でもあり観光客の皆さんにも木陰で一休みの松でもありました。東小学校から下校する子どもたちも途中の雨含の松で一休みしたそうです。ある方が「帰り道でもないのに雨含の松にいって道草もしたなあ」と感慨深く語られていました。

また座生神社は安産の神が祀られて、お産が近づくと、自分のしめていた岩田帯を持って行ってお祈りもしました。これは山ノ内町の民話「座生神社の火つけ女」という民話にその由来が詳しく書かれてます。概略は「昔、供えられていた岩田帯を一本残らずそうじをしました。その後湯田中に火事が多発しました。町の人が見張りをしていると、美しくて若い女の人が通るとパチパチと火が付きました。女の人の後を追うと雨含の松で消えてしまったそうです。昼間雨含の松に行くと若い女の人が泣いていました。訳を聞くと、自分の岩田帯を村の人がみんな持って行ってしまったと話しました。それを聞いた村の人は、村中の岩田帯を集めて供えたそうです。それから火事はなくなりました


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